災害の記憶忘れずに、昭和34年の台風被災地を巡る

昭和34年に県内に大きな被害をもたらした台風7号と伊勢湾台風の災害の記憶を後世に残そうと、国土交通省関東地方整備局甲府河川国道事務所と韮崎市などは、11月9日、韮崎市内の被災地を巡る「あの災害を忘れない〜昭和34年災害の現地学習会〜」を開いた。

この学習会は、34年の災害から60年を迎えたことに合わせて企画。被災地を巡ることで災害について身近に感じてもらい、防災への意識を高めることを目的にしている。大きな被害を受けたという富士川町と北杜市武川町でも11月に同学習会を予定している。

当日は、市内から約20人が韮崎市民交流センターニコリに集まり、富士見ヶ丘の高台にある平和観音像公園にバスで移動。釜無川と甘利沢川の合流地点を望み、同国道事務所の広瀬栄洋企画係長が災害当時の写真を見せながら、「甘利沢川から大量の土砂が釜無川に流出したことで、左岸の堤防が決壊し、本町や水神などが浸水した」などと説明した。

続いて、水害の記憶を後世に残すことを目的に今年9月に市役所前庭に建立した祈念碑や、最も被害が甚大だったといわれる祖母石地区を訪れ、決壊箇所や34年以降に整備された堤防を見学した。

また、ニコリに会場を移して行われた講演では、円野町在住の真壁静夫さんを講師に迎え、台風7号と伊勢湾台風について、「穴山橋や船山橋などを流し、21人の犠牲者を出した水害の怖さを知らない人が多くなっている。『韮崎は安全』と思わず、想定外のことを考えることが必要」と語り、防災への意識の向上を呼びかけた。

藤井町から参加した島村貴春さん(41)は、「息子に災害の怖さを伝えるためには、自分が学ばなければいけないと思い参加した。現地で地形を見ながら説明を聞いたので、災害の原因を知るのに分かりやすかった」と話した。

◎60代になったら家族に残す言葉を考える。文章制作から撮影、製本まですべてお任せでできる。

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