柳澤家発祥の地を後世に伝える碑完成

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徳川幕府五代将軍の徳川綱吉の側近として仕えた柳澤吉保の命日にあたる十一月二日、武川町柳沢の県道沿いに、「柳澤氏発祥之地」の碑が建てられ、除幕式が開かれた。

この碑の建立は、柳澤氏発祥の地として地域の活性化を図ろうと、昨年春頃から検討が進められていたもので、今年六月に「『柳澤氏発祥之地』碑建設委員会」(日向勝委員長)を設置して準備を進めてきた。

完成した碑は、台座の部分を含めた高さ二・八メートルで幅七十五センチの御影(みかげ)石で、表面に「柳澤氏発祥之地」と記されている。碑の建設費は地域の区民や柳澤氏史跡保存会、市商工会武川地区、市観光協会武川支部からの寄付金で賄われている。

式典では、碑の除幕式が行われ、続いてあいさつに立った日向委員長は「史実を後世に残して行きたい。誇りに思っているし、子供たちに語り継いでいきたい」といい、「(武川町柳澤で)古代ロマンを感じて、ゆったりとした時間を過して欲しい」と語った。

柳澤家は、初代信興の代に「柳澤」を名乗り、武川衆として武田氏に仕え、六代にわたって住み続ける。武田氏崩壊後は、徳川家に仕え、信俊の孫にあたる吉保が、徳川家五代将軍の綱吉の寵愛を受け、大名に名を連ねる。一七〇四年には甲州藩主となり、一七一四年十一月二日に、五十七歳で死去した。