できごと

和時計が目覚める

高根町の「八ヶ岳ゼンマイ屋」(名取淳一代表)で、江戸時代後期につくられた「和時計」の修理依頼があり、約2カ月間の修理期間を経て、長年停まっていた和時計が時を刻み始めた。6月上旬には、修理依頼者に届けられるという。

この和時計は、櫓(やぐら)時計で、高さ約1・5㍍。最上部に時計が乗っており、「二挺天符(にちょうてんぷ)和時計」と呼ばれている。

動力は、重りが付いた紐が歯車を回して動くもので、2つの棒天符が昼用と夜用として別々に動作する。この棒天符は振り子のような動き方で、付いている分銅の位置を外側、内側に置くことで、振り子の早さが変化し、夏時間と冬時間に対応する。

当時の時計は、明治6年に制定された定時法(1日24時間)とは異なり、1時間の長さが変わる「不定時法」が用いられ、昼は「4、5、6、7、8、9」と夜の「4、5、6、7、8、9」の12個の数で1日を表している。「明け六つ」や「暮れ六つ」のほか、午後3時のお茶の時間は、当時も「おやつ(八)の時刻」として使われていたという。

今回、和時計の修理は、今年2月、松本市で開かれた「マツモト建築芸術祭」を訪れていた名取代表が、会場のひとつの「割烹 松本館」の玄関で見つけたもので、「和時計ですね」と同館の女将に声を掛けたのがきっかけになった。松本館は、創業明治23年で国の有形登録文化財に指定されている。

修理依頼を受け、分解すると、約200年の時を経ている和時計の状態は良く、全て手づくりの部品は職人が一歯一歯を手で削り出し、部品と部品を結ぶ「カシメ」という技術が使われていた。

また、時を告げる鐘が鳴るだけではなく、目覚まし時計としての機能が付いた珍しい時計であることが確認された。

修理では、古い資料を基に、必要な部品を確認しながら、不具合箇所をチェック。重りの逆戻りを防止する「ケリガネ」と「ハジキガネ」の部品を修復し、手づくりゆえの微妙なズレを生かしながら組み立てると、和時計の動きが復活した。

名取代表は「修理修復している中で、当時の時計職人の手づくりの技術の高さと、時計づくりの情熱が一つひとつの部品から伝わってきた。先人の思いを現代にも伝えていきたい」と貴重な体験を語った。